叛逆

「遅いじゃないか。ミッターマイヤー・・・・・。」 予想通りと言うべきか。 壮年の側近は、偉大なる元帥が口にした名に納得するように頷き、同時に苦しげに眉をひそめた。 わたしは、また、上官に逝き遅れるのか。 そういう宿命だったのか。 誰の麾下になるかを決めるのは、ほんの小さな偶然の積み重ねでしかないというのに。 そして友誼というものの妙。 ほんの小さな偶然。 たとえば、士官学校で席番が前後していたとか、そんな塵にも等しい偶然が生涯の友情を生むこと もある。 この人は、満足なのだろう。 ベルゲングリューンは、嘲笑にも近い笑みを浮かべる。 この人だけは、満足なのだろう。 叛逆者、という汚名は、この人にとっては勲章なのだろう。 かの人と四つに組んで戦ったという栄誉、頂点を目指してスタートした幾百もの群の中で、最後ま で残ってかの人と一対一で向きあったのは他の誰でもなく自分なのだという、甘美な矜恃。 一人の男の一生を賭けて戦うに足る、宇宙(そら)を駈ける獅子と。 そんな存在に巡り合えたことだけでも、一人の男にとっては幸福なのに。 至高の存在と最後まで向き合え、そして相手には認めてもらっている。 この人だけは、満足なのだろう。 だが、遺された者は・・・? ふと、おのれの手で親友を死に至らしめる羽目に陥った、もう一人の元帥のことを思う。 この悲痛な役目を負うことを了承した彼の思いが、沁みるように胸に伝えられる。 他の者になど、この男が討てるはずがない。 そんなことは、起こってはならないのだ。 この男を討つのは、自分でなければ・・・・。 遺された彼は、やはり思うのだろう。 この男だけは、これで満足なのだろうと。 思って、心の中で力の限りに罵倒するのだろう。 いまの自分のように・・・・ いや・・・・、 私も終わりにしよう。 この人の供をする訳ではない。 仕えるべき人に先立たれるこの宿命を、自分で断ち切るのだ。 自分の戦いの人生は、あの太陽のような輝きを持つ黄金の獅子が放つ燐光の煽りを喰らって、影の ように焦げ付くばかりだ。 あの存在に皆が引き寄せられる煽りで、自分は在るべき場所を失って行く。 そんな道行きに、自分で終止符を打つのだ。 ふと、ベルゲングリューンは自分の朋友(とも)を思った。 おまえだけは、怒るのかもしれないな。 上官に似て、直情的で裏表のない、おまえだけは。 ああ良い巡り合わせだったよ。 俺はこの人に仕え、おまえはあの人に仕えた。 高潔さの裏に屈折を抱えたこの人に俺は仕え、清廉と実直を合わせ持ったあの人に、おまえは仕え た。 犬は飼い主に似るとは、良く言ったものだ。 運命とは偶然であり、偶然とは運命であると言ったのは、誰だったか。 認めたくないが、これは運命なのだろうな。 先に逝くのは、淋しさに耐えられる強さを持たないほうと、決まっている。 あの人たちも、俺たちもだ。 許せ。 俺はもう、疲れた。 少年は、途方にくれていた。 少年は孤児だったが、まだ人生の試練といえる試練に直面したことがあったわけではなかったから。 従卒として仕えて来た元帥が斃された時、自分はどうしていいのか、本当にわからなかった。 なんでこうなったのかも、少年にはよく理解できなかった。 彼の主は、そのまた主君に誰よりも篤い忠誠を抱いていたのではなかったか。 語る言葉、語られない言葉、見える仕草、見えない仕草。 どれをとっても、それを疑う余地などなかったはずだった。 なのに何故・・・? 「大将、ぼくには・・・・わからないです。」 泣きそうな目で問いかけた、かの元帥の側近は、そっと笑って答えてくれた。 「誰よりも篤い忠誠心ゆえに、あの人は叛いたのだよ。」 少年に理解できる、答えではなかった。 おぎゃあ 赤子の泣き声を聞きながら、少年はただ途方にくれていた。 赤子は、先ほど女の人が突然現れて、少年に渡していったものだ。 今際の際に、少年の主は言った。 ウォルフガング・ミッターマイヤーに、その子を託せと。 「何故・・・?何故・・・?」 少年は答えの見えない問いを口にしながら、泣くしかなかった。 何故、こういうことになってしまったのか。 何故、この人は自分が宇宙でただ一人しかいない、膝を折った相手に叛いたのか。 何故、こんな風に、宇宙の片隅で反逆者として逝かねばならないのか。 何故、そんな逝き方をせねばならないのにこの人は、こんなに穏やかな笑みを浮かべるのか。 すべてが、少年の理解を越えていた。 ウォルフガング・ミッターマイヤーに・・・・ その子を託せと、彼は言った。 その人は、この答えも教えてくれるだろうか・・・?? 「行くがいい。」 ベルゲングリューンは、少年に告げた。 「ミッターマイヤー元帥は良い方だ。すべて悪いようにはなさらぬ。」 「はい・・・・。」 目の前の少年はまだ14歳。その腕に抱かれる赤子はまだ、生まれたばかり。 ベルゲングリューンは素っ気無く追い払うように、少年に去れと促した。 この忌まわしき墓標の地が若い者を捕らえる前に、疾く去れと。 諸々の不幸な巡り合わせは、自分がすべて天上(ヴァルハラ)へと道連れにしよう。 遺された者に、ましてや次の世代に、引き継いではならぬ。 「大将は、これからどうされるのですか?」 ・・・・生まれつきの聡さが何かを教えたか、少年は不安そうにベルゲングリューンに訊ねた。 「おまえが気に留めることではない。ランベルツ。」 素っ気無く、突き放した。 それでも、縫い付けられたように動かない少年に今度は安心させるように微笑みかける。 「ミッターマイヤー元帥の麾下に、バイエルラインという男がいる。私とは、士官学校以来の付き あいだ。元帥に劣らず、人の良い男だ。困ったことがあったら、彼に頼るが良い。」 「はい・・・・。」 それでもしばらく少年は立ち尽くしたままで、だがやがて去っていった。 「さらばだ。ランベルツ。」 ベルゲングリューンはその言葉を、胸の内だけでつぶやいた。
END
 
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は〜さん宅一周年企画ものの一作を戴きました。
銀英好きな私にとって、このシーンはどうしてもどうしても読みたかったものでした!!!
は〜さん書いてくれてありがちゅー( ^^)/kiss