エデンの恋人達
世界の何処かの楽園で夢に身を委ねている恋人達がいた。
恋人達は、余りにも孤独で儚い二人だけの世界で、安寧の時を夢見て眠る。
彼等は世にも稀な美男美女であった。
深紅の髪に深紅の瞳の青年と、
黒髪に琥珀と深紅色違いの瞳の少女。
青年は樹木にもたれ、少女の方は青年に身体を預けていた。
青年は愛しげに彼女の髪を手で梳く。
硬質な髪を青年の手が滑ってゆく。
「ラス」
青年は愛しさのままに少女の名を呼ぶ。
愛や恋の一言では表わせぬ程に彼は彼女を愛し、欲していた。
「………あ…ん…しゅ?」
眠たげな瞼をうっすらと開け、少女は目を覚ます。
「喉が渇いた……水が飲みたい。」
甘えたように少女は青年に強請った。
余りにも無防備な様子に、彼は優しげに目を細めて、
「待ってろ、今汲んできてやる」
そう言って立ち上がった。
樹木に少女の身体を預けて、青年はそっと彼女から離れた。
何処から取り出したのか手には銀の器を持って、
青年は水の在り処を目指していた。
彼にとって水を出現させる事くらい造作もないのだが、 ふとした気まぐれから水を取りに行く事にしたのだ。
二人がいた草原から暫らく歩いた所に、水の流れる川があった。
青年は持って来た銀の器に水を汲み入れる。
器が水で満たされると彼は溢さないようにそっと抱えた。
少女に水を飲ませるために急ぐ。
青年が戻ると少女は安心したように微笑んだ。
「ありがとう……。」
そう言って青年から器を受け取ろうとしたが、
彼は自らの口に器を傾けて水を飲んでしまった。
「……闇主?」
訝しげに少女が首をかしげていると、
「ほら、飲めよ」
青年は自らの唇で彼女のそれをふさいだ。
口移しで水を飲ませるために。
「……ん……ぷはぁっ」
ごくんと水を飲み込みんだ少女は慌てて青年の唇から
逃れようとする。
(胸が苦しくてどうにかなってしまいそうだ。)
「もっと飲むか?」
青年は妖しく瞳を輝かせる。
「もういい……充分だ」
少女は戸惑い気味に言った。
逃れようとする彼女を彼は、いともかんたんに
自らの腕の中に抱き込んだ。
「闇主……。」
嫌ではないのだ。嬉しいから苦しくなるのだ。
そばにいたら、これ以上何かを求めてしまいそうで怖い。
このままで充分なのに。
そんなこと望むなんて私は………。
少女は段々と変化しつつある青年への思いに
戸惑いながら、その現実を受け止めようとしているようとしていた。
いつしか少女は完全にその身を青年に預けて瞳を閉じていた。
警戒心を無くして己の腕の中にいる少女。
そんな彼女の顔を上向かせて、彼は口付けをした。
深く甘く例えようもないほどに優しく……。
想いを注ぎ込むように。
「………闇主」
焦がれるままに、少女は青年の名を呼ぶ。
それに答えるかのように、青年は少女の身体をきつく抱きしめた。
「ラス………。」
少女と離れたら、自分はどうなってしまうのだろう。
彼女には自分が必要というより、自分には彼女が必要なのだ。
この少女がいなければきっと愚かに自滅するだろう己。
そう気付いてしまったら、もうどうしようもない。
この苦しい胸の内を彼女に知られるわけにはいかなかった。決して。
彼女が苦しんでいる時、自分もまた苦しんでいるのだとは……。
狂おしい想いを抑えきれず青年は彼女に口付ける。
今度は頬にそっと触れるだけの軽い口付け。
少女は頬を赤く染めて、やがて静かに寝息を立て始めた。
安らぎに満ちた顔で。
青年は無防備に身を任せている少女を抱いたままやがて瞳を閉じた。
おろかで愛おしい少女は、腕の中、常しえの夢を見ている。
春色の楽園の中、二人の恋人達は静かに時を紡いでいた。
END
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